戦場カメラマン渡部陽一氏はそのゆったりとした話し方でバラエティ番組でも一躍人気者となった。彼は普段もあのように会話しているのだろうか? これについてはこれまでも様々な情報が流れてきた。12月15日の「笑っていいとも!」では戦場で渡部氏と会話したという戦場カメラマンたちが出演してその真実を話した。
同番組のコーナー「あなたの(おそらく)知らない世界」ではこの日『戦場カメラマン』にスポットをあてた。
渡部氏同様に戦場と日本を行き来する戦場カメラマンが登場した。桃井和馬氏(48)、久保田弘信氏(43)、会田法行氏(38)と渡部陽一氏(38)の4人である。
こうした企画が実現したのも渡部氏がバラエティ出演に踏み切って人気を得たことがきっかけといえるだろう。
進行役の田中裕二(爆笑問題)が早速、戦場カメラマンたちに「渡部さんはみなさんから見てどう映っているんですか?」と尋ねた。すると桃井和馬氏が「全く変わらないですねえ」と答えたのだ。渡部氏はバラエティ番組に登場する前からカメラマン仲間と会話する際でもゆっくりとしたテンポで話していたのだ。
彼らは戦場で顔を合わせることもある。イラクで銃撃戦があった際に久保田弘信氏が現場からホテルに戻った時だ。現場に間に合わなかった渡部氏は震えながら「いやあ。久保田さん。おしかった。ぼくも。見たかったです…」とあの口調で話したと言う。これは渡部氏も戦場では震えることがあるが、そんな時も話し方はやはりゆっくりしていることの証言といえるだろう。
彼らはこの日、渡部氏がバラエティ出演を決心した理由のひとつである「戦場の写真をもっと多くの人に見てもらう」ことを共に実践した。
パネル写真で紹介された『ベトナム戦争が終わり、カラフルな服を着られるようになった笑顔の子供達』(1990年桃井撮影)はこれまで銃撃を避けるために暗い色合いの服しか着られなかった女の子が赤いセーターを着て満面の笑みを見せたものだった。
『戦争で家を失ったが新たな生活を再び始めるアフガニスタンの幼い少女』(2008年、久保田撮影)は家が破壊され砂漠に立つ4~5歳くらいの女の子を撮ったものだ。
『パレスチナ ガザ地区で銃撃を受けた後で眠りにつく少年』(2003年会田撮影)はさらに強烈な写真だった。会田氏が現地でホームステイしていた家族が夜中に「戦車が来た」と逃げ出した。彼も一緒に逃げて、夜が明けて戻ると住宅は瓦礫の山と化していたのだ。するとその家族の10代と思われる少年が「疲れたから」と瓦礫の中から毛布を引っ張り出してその上で睡眠をとったのである。戦禍の街で暮らす彼らの逞しさを写した1枚である。
彼ら戦場カメラマンの証言からも渡部陽一氏がゆっくりと話すのは演技ではないことがわかった。そしてそんな彼をみんな信頼しているのだ。だからこそ、こうしてバラエティ番組で共演し戦場の写真を公開することができたのである。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)