アキバ的な意味の“メイド”はすっかり世間が周知する存在となった。その次にブームが起こるだろうと予想され続けてはいるが、一般人からすればメイドほど馴染みがなく、腐女子の間では若干食傷気味という存在がある。それが“執事”だ。
漫画雑誌月刊Gファンタジー(スクウェア・エニックス)で「黒執事」の連載がスタートしたのは2006年。執事ブームを狙ったものかどうかは定かではないが、あの、いかにもな表紙を目にして一笑に付した人も多いことと思う。美少年に仕える端正な顔立ちの執事、というだけでもう特定のニーズをピンポイントで狙ったもののように感じてしまうが、なかなかどうして、異なる属性の読者をも惹きつける魅力がある。
舞台は英国のパラレルワールド。主人公である「セバスチャン」はファントムハイヴ家の執事として家の中一切のことを取り仕切っている。容姿端麗、頭脳明晰、武術の心得もあると非の打ち所のないセバスチャンは、どうにも使えない同僚たちの尻拭いや主人のわがままに振り回されつつも充実した日々を送っている、のはあくまで表向きのこと。セバスチャンは実は悪魔であり、ファントムハイヴ家現当主である12歳(連載開始当初)のシエル・ファントムハイヴとなんらかの契約を結んでいる。
ファントムハイヴ家は「ファントム社」という玩具メーカーを営むかたわら、“女王の番犬”の異名の元に英国の裏社会で始末屋まがいのことを代々続けてきた。それはシエルの代でも変わらず、常に女王の命を第一に動いている。そんなシエルを守るのが悪魔で執事であるセバスチャンの役目、というわけだ。シエルとセバスチャンはさまざまな事件を解決しつつ、その過去を少しずつ読者にちらつかせていく。
こういった設定の場合、ストーリーの進み方にある程度の定石があるように思う。まずは平凡な日常を見せつけ、その中に読者が見つけやすいようなほころびを少しずつちりばめていく。読者が胸騒ぎを覚える頃には真実を知る者が登場し、物語は一気に加速。主人公はけっして少なくはない犠牲を払って謎に迫っていく。こういった流れは確かにこの作品にも存在しているが、それはあくまで断片的なもの。黒執事の魅力は登場人物たちの過去を含む謎解きではなく、別のところにあるのだ。後編ではとあるキーワードを元にこの作品の魅力に迫っていこうと思う。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)